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未だに小学生の読書感想文の題材として、おススメランキングの上位に入ってくる「走れメロス」は、あの有名な作家、太宰治の作品です。

日本の小学生以上の人なら、一度は、その名や作品を目にしたことがあるはずです。
それくらいとても有名な太宰ですが、一体どんな人だったのでしょうか。

今回は、太宰治の人となりを、彼の代表作と共に、簡単な年表にまとめてみました。
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太宰治ってどんな人?小学生にもわかるように解説!


まずは太宰治がどんな人だったのかを、小学生の方にもわかるように解説します。

太宰治は、現在の青森県五所川原市金木町の大地主の家の六男に生まれました。使用人が30人ほどもいたというので、とってもお坊ちゃんだったようです。
しかし、14歳の時にお父さんが亡くなり、お兄さんが家を継ぎますが、六男だった太宰治は、あまり関係なかったようで自由にしていたのだとか。

そして、16歳ごろから小説やエッセイのようなものを書き始めます。芥川龍之介に憧れていたこともあって、自分自身もメチャメチャたくさん書きまくったそうです。しかし、18歳の時に、憧れの人・芥川龍之介が亡くなり、ショックで勉強どころではなくなります。そればかりか、夜遊びし放題でした。

20歳になると、政治活動を開始。そのころに、思い悩んで一回目の自殺未遂。
けれど、翌年には東大の仏文科に入学。
問題児だけど、頭は良かったんですね。

そして、尊敬していた作家・井伏鱒二に弟子入り。作品作りに頑張るかと思いきや、そこは問題児の太宰治。女性関係でトラブルを起こしたり、国に禁止されている政治活動で捕まったり、やりたい放題の日々を送ります。

結局、大学は退学になってしまうし、就職活動も失敗。
その後も、これまた周りを巻き込むほどの色々な問題を起こしちゃう問題児の太宰治。
こうしたエピソードを並べると、とても誇れるような人ではありません。

それでも、その間に残した数々の作品は、現代にも残る名作になっているから困りもの。

ただし、芥川賞だけは取れませんでした。本人は、憧れの芥川龍之介の名がついた賞なので、とても欲しかったそうです。求めるあまり、審査員の作家の先生に必死にアピールしたくらいです。けれど、新人ではないからということで、その願いは聞き入れられませんでした。

※参照:芥川龍之介ってどんな人?年表や代表作を小学生向けに解説!

小学生にも分かる!簡単な太宰治の生涯年表


ここでは太宰治の年表を、小学生の方にもわかるように簡単にまとめてみました。


*1909年6月19日
青森県の大地主の10番目の子供として生まれる。
「太宰治」とはペンネームで、本名は「津島修治」といいます。


*1925年(太宰治16歳)
初めての作品「最後の太閤」を生徒会誌で発表します。
当時、大ファンだった芥川龍之介の作品を読みまくっていたそうです。


*1927年(太宰治18歳)
旧弘前高等学校に入学します。
この年、尊敬していた芥川龍之介が亡くなって大ショックを受けます。


*1929年(太宰治20歳)
共産主義に目覚め、政治活動にどっぷりハマる。
当時の太宰は、さまざまなペンネームを使って作品を発表していました。


*1930年(太宰治21歳)
東京大学の仏文科に入学します。
憧れていた作家・井伏鱒二に弟子入りします。
この頃から、「太宰治」というペンネームを使い始めます。


*1935年(太宰治26歳)
大学を退学させられ、新聞社への就職活動にも失敗します。
芥川賞に応募した作品が評価されますが、受賞はできませんでした。


*1937年(太宰治28歳)
この頃、精神的に不安定になって作品が書けなくなります。


*1939年(太宰治30歳)
石原美智子と結婚し、精神的に立ち直り作品が書けるようになります。
「富嶽百景」「女生徒」「皮膚と心」といった作品を発表します。


*1940年(太宰治31歳)
代表作の1つ「走れメロス」を発表します。


*1943年(太宰治34歳)
「富嶽百景」「右大臣実朝」を発表します。
当時の太宰は病気がちだったため、戦争に行く事はありませんでした。


*1947年(太宰治38歳)
「展望」「ヴィヨンの妻」「斜陽」を発表します。
この頃から不眠症に悩まされ、精神的に不安定になります。


*1948年(太宰治39歳)
病んでいた肺結核が悪化します。
「人間失格」を発表。戦後、600百万部の大ベストセラーになりました。
愛人の山崎富栄とともに心中し、亡くなります。

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大学を退学して就職活動に失敗したり、精神的に不安定になったり、愛人の女性と心中したりと、太宰治の人生はあまりに常識離れしたものです。けれど、その残された作品はすばらしく、彼の代表作などは未だに多くの愛読者がいるほど。

太宰治という作家が、歴史に名を残すほどの作家であったことだけは間違いありません。

太宰治の代表作を5つまとめてみました!


太宰治は、それこそ数多くの作品を残しています。
そして、またその作風も、作品によって変わってくるという多彩さ。

そんな太宰治の代表作について、ここでは5つご紹介します。


太宰治の代表作その1.「走れメロス」
あらすじ:人を信じられない王様・シラクス。シクラスに疑いをかけられたメロスは処刑されそうになります。しかし、メロスは、妹の結婚式に行きたいので、3日だけ処刑を待ってほしいと頼みます。メロスの言葉を信じていないシクラスは、メロスの親友を人質にするなら、待ってやると言います。メロスは、急いで妹の結婚式へ行き、参列することが出来ます。
結婚式を見て安心したメロスは、今度は親友のために走ります。しかし、その間、色々な困難や障害にあうメロス。ボロボロになり、一度は諦めそうになったメロスですが、親友のため、そして人を信じられない王様のために、メロスは走り続けるのです。
友情と絆の大切さを描いた「走れメロス」は、小学生の教科書でもおなじみですよね。


太宰治の代表作その2.「晩年」
あらすじ:15作の短編集。太宰治の半生が書かれた作品集です。初めての小説集でありながら、最期の作品になると思って書いたらしいです。幼少期や少年期、そして波乱万丈な青年期の心情が正直に書かれています。
また、本人が、最初から読むことをおススメしないというブラックユーモアにあふれる作品ですが、これを読めば、太宰治という人が良く分かるようになる小説集です。


太宰治の代表作その3.「女生徒」
あらすじ:主人公は女子校に通う少女。父を亡くし、姉は遠くに住んでいます。
現在は母と二人暮らしという少女。物語は、少女が目覚める朝から始まります。通学中に出会う人々、学校の友人たち。また、家にやって来るお客様。そんな人々と触れ合う少女の心の日常が描かれた作品です。
思春期の少女の内面を繊細に描いた「女生徒」は、当時からとても評判が良く、川端康成からも絶賛されたそうです。


太宰治の代表作その4.「斜陽」
あらすじ:「最後の貴婦人」と呼ばれた母を持つ娘、かず子。かず子は、母を尊敬しながらも、母の古臭い考え方をうっとうしく感じ始めていました。戦後、次第に没落していく貴族。名ばかりで落ちぶれていく現実。そんな中、かず子は自分自身を革命していこうと決意するのです。
人間の弱さや愚かさを描いた「斜陽」。そして、戦後という当時の時代背景が深く取り入れられた作品です。


太宰治の代表作その5:.「人間失格」
あらすじ:3つの手記からなる三部構成になっています。第一は、主人公が成長していく過程で芽生えた、人への不信を。第二は、片寄った政治思想と、女性に溺れていく愚かさを。第三は、耐え難い現実に苦悩し現実逃避していく弱さを。人間の秘密にしておきたい奥底を描いた作品。
太宰治の実体験をもとに書かれた「人間失格」。題名からみても分かるように、内容は壮絶です。小学生には少々難しいかもしれません。


「太宰治の代表作」と呼ばれるものだけでも、本当に多くの作品があります。
ときに人間の弱く情けない部分を。ときに情熱的な愛情を。またあるときは、ユーモラスに。
そうやって人間の内面を繊細に、そして大胆に描いた太宰治。そんな太宰治が残した多彩な作品は、現代の人々をも変わらず惹きつけているようです。

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この記事のまとめ


太宰治がどんな人だったのかを、年表や代表作にも触れながら小学生の方にもわかりやすいようにご紹介しました。

確かに、人としては、あまりに驚いてしまうような人生を歩んだ太宰治。
けれど、彼にとって、そのどれもが失敗ではなく、必要なことだったのかもしれません。
それは、その時々によって多彩に変わる作風が物語っているのではないでしょうか。

いまだに人々を惹きつけている太宰治の作品。よろしければ、彼が残したその多彩な作品の中から、自分に合う作品を見つけて読書感想文の題材にしてはいかがでしょうか。

※参照:読書感想文の題材には歴史人物がおすすめ!本を5冊紹介!