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夏目漱石(なつめ そうせき)という人を知っていますか?

日本の代表的な作家であり、1984年から2007年まで千円札の肖像画をつとめました。国民から愛され、お札の顔にもなる夏目漱石はどんな人だったのでしょうか。

年表を用いて小学生の方にもわかりやすく説明するとともに、その代表作を5つご紹介します。
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夏目漱石ってどんな人?小学生向けにわかりやすく解説!


夏目漱石がどんな人だったのかを、小学生の方にもわかりやすいようにご紹介します。

夏目漱石は1867年に、江戸の馬込(現在の東京都新宿)という場所で、お父さんの夏目直克(なつめ なおかつ)とお母さんの千枝の5番目の男の子の子供として生まれました。名前の「漱石」とは作家になってから名乗った名前で、本名は夏目金之助(なつめ きんのすけ)と言います。

5番目の子供という事で、漱石は生まれてすぐに養子に出されます。しかし、養子先の両親の離婚によって9歳の時に夏目家へ戻るなど、複雑な幼少期を過ごした事もありました。

10代半から大学予備門(後の第一高等学校)進学を目指して英語を学び、1884年に無事に入学します。当時の漱石は、親友となる正岡子規(まさおか しき)と出会ったり、漢詩の創作や評論といった文学活動を行っていました。

1890年には東京帝国大学(後の東京大学)英文科に入学して無事に卒業。その後は学校の先生として働く一方、好きだった文学活動も続けていました。
1905年には代表作となる『吾輩は猫である』を、1906年には同じく代表作となる『坊ちゃん』を発表しています。また、1907年には先生をやめて朝日新聞の社員となる形で、作家として暮らしていく事になりました。

その後も『虞美人草』や『三四郎』といった名作が大ヒット。しかし漱石は若いころから体が弱く、1910年にはストレスから胃潰瘍になります。その後も病気に悩みつつ、『こころ』などの名作を立て続けに発表します。作家としては大成功をおさめた漱石でしたが、病気が悪くなり、1915年に49歳で亡くなりました。

夏目漱石の年表を小学生向けにわかりやすく解説!


ここでは夏目漱石の年表を、小学生の方にもわかるように解説します。


・1867年(0歳)
現在の東京都にて生まれる。
「漱石」は後から名乗った名前で、本名は「夏目金之助」という。

・1868年(1歳)
父親の知人であった塩原昌之助の養子となり、塩原金之助と名乗る。

・1876年(9歳)
養父母の離婚により、夏目家に戻る。

・1879年(12歳)
東京にあった第一中学校正則科に入学する。
以後、英語を学ぶために学校を転々としています。

・1884年(17歳)
大学予備門(後の第一高等学校)に入学する。
1889年頃から、俳句を作ったことで知られる正岡子規と交流を開始しています。

・1890年(23歳)
帝国大学(後の東京帝国大学)の英文科に入学して英語を学ぶ。
当時の漱石の英語の成績は、とても優れていたと言われています。

・1893年(26歳)
帝国大学卒業。学校の先生になる。

・1900年(33歳)
イギリスに留学する。

・1905年(38歳)
雑誌『ホトトギス』に処女作『吾輩は猫である』を発表する。

・1907年(40歳)
東京朝日新聞に入社。職業作家となる。
自身初の新聞連載小説『虞美人草』を執筆する。

・1910年(43歳)
胃潰瘍を患い、伊豆・修善寺で意識不明になる。

・1916年(49歳)
胃潰瘍のため亡くなる。
漱石の死により、連載小説『明暗』は未完成のまま終了する。

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国民的作家である夏目漱石が職業作家として活躍した時期は、わずか10年であることがわかります。その10年の間に名作を次々と書き上げた漱石は、とても優秀な人だったのでしょう。

そんな夏目漱石の代表作には、いったいどのようなものがあるのでしょうか。
次の項目で詳しく解説します。

小学生でもわかる!夏目漱石の代表作とは


夏目漱石の代表作を5つ、小学生の方にもわかるようにまとめてみました。


夏目漱石の代表作(1)『吾輩は猫である』
吾輩は猫である。名前はまだ無い。」という書き出しで始まるこの小説は、主人公である「猫(吾輩)」の視点を通して、人間たちの姿ややり取りを上手に描き出しています。読書感想文の題材としても人気を集める、漱石の処女作です。


夏目漱石の代表作(2)『坊ちゃん』
夏目漱石が、愛媛県の学校で先生をしていた時の経験をもとにして書いた『坊ちゃん』は、東京から松山へと赴任した「坊ちゃん」が、その土地で出会った個性あふれる同僚教師たちと繰り広げるコミカルなやり取りが魅力的です。その人間描写の豊かさから、中学校の教科書にも掲載される国民的な小説です。


夏目漱石の代表作(3)『虞美人草』
宗近には藤尾という婚約者がいました。ところが藤尾は、宗近の同窓である小野との関係を深めようとします。婚約者を裏切ろうとした藤尾と小野には、最終的に罰が下されました。この小説は「勧善懲悪」という「良いことを勧めて、悪いことを懲らしめる」考え方に基づいて書かれ、職業作家となった漱石の初の新聞連載小説として注目を集めました。


夏目漱石の代表作(4)『三四郎』
田舎から東京に出てきた青年・三四郎は都会の空気に触れ、自分は「田舎の世界」「学問の世界」「華やかな世界」の三つに囲まれていることに気づきます。三四郎は「華やかな世界」の象徴である美禰子という女性に恋をしますが、自分の気持ちを伝えることができないまま、失恋してしまいます。日本で最初の教養小説としても知られる一作です。


夏目漱石の代表作(5)『こころ』
「私」は「先生」と出会い交流をするようになります。友人「K」と妻とを巡る壮絶な過去を持つ「先生」は、「私」に三角関係とその行く末を書き記した遺書を残して自殺を計ります。
日本の文学の中でトップの売り上げをほこる、名実ともに漱石の代表作です。

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この記事のまとめ


夏目漱石がどんな人だったのかを、小学生の方にもわかるようにご紹介しました。

夏目漱石は『吾輩は猫である』『坊ちゃん』といったユーモアあふれる作品を生み出した作家であると同時に、現在の東京大学を卒業したエリートでもありました。先生をやめ、東京朝日新聞に入社し職業作家の道を歩む決意をしたのちは、『虞美人草』『三四郎』『こころ』などの名作を次々と書き残します。

今回ご紹介した代表作は教科書にも掲載されたり、映画やドラマの原作としても使われたりしていて、とても親しみやすいです。
読書感想文や自由研究のテーマに選んでみるのもいいと思います。

※参照:自由研究のテーマには歴史がおすすめ!簡単にできる題材は?