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古事記』『日本書紀』『風土記』『万葉集』『懐風藻

学校の日本史の授業で出て来る、古代日本を代表するこれら5つの資料ですが、できた時代もほぼ一緒なので、内容を覚えようにも混乱してしまいますよね。

この記事では、これら5つの資料の違いをわかりやすくまとめてみました。
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古事記ってどんな歴史書なの?


古事記』は712年、奈良時代の初めに完成した日本の歴史書です。これよりも前に『天皇記』『国記』という歴史書が作られていましたが、乙巳の変(645年)で蘇我蝦夷が自宅を焼いて自害したときに、朝廷の歴史書を保管していた倉庫も焼けてしまいます。『天皇記』は焼失しますが、『国記』は一部失いながらもか残りましたが現存はしていません。

時代は30年ほど下って、天武天皇の時代。世の中が落ち着いてくると、天皇は失われた歴史書に代わる新しい歴史書づくりに取り組みます。各豪族には家系や伝承が伝えられていましたが、誤りや混乱も多くなっていたため、天皇は国として正しい歴史書を作る必要性を感じていました。そこで、天皇に仕えていた稗田阿礼(ひえだのあれ)に、天皇の系図や各豪族に伝わる言い伝えを覚えさせたのです。

そしてさらに約30年下った711年。元明天皇は、太安万侶(おおのやすまろ)に命じ、稗田阿礼が覚えている歴史的なことがらを書物としてまとめさせます。翌712年、完成したのが『古事記』です。

古事記の内容についても見ていきましょう。『古事記』はまず、「序」でこの世界や日本がどうやって出来たのかという説明がされています。続く物語は上・中・下の3巻構成で、上巻まるまるを神話に割いています。天地が分かれ、日本列島ができ、さまざまな神が生まれる神話的な内容から始まります。昔話でおなじみの「因幡の白ウサギ」や「天岩戸」も、上巻に出ていますよ。

中・下巻で、神の末裔である初代天皇の神武天皇が日向国(現在の宮崎県)から大和国(現在の奈良県)に移って即位し、以降33代の推古天皇まで、各天皇の時代ごとに起こった出来事がまとめられています。「誰がどのようなことをしたのか」を重点的に書いているのが特徴です。

日本書紀とは?古事記との違いって?


日本書紀』も『古事記』同様、歴史書です。作成を命じたのは『古事記』と同じく天武天皇で、完成したのは『古事記』よりも8年遅れた720年でした。天武天皇は稗田阿礼に天皇の系図や各豪族に伝わる歴史を覚えさせましたが、それとは別に681年、川島皇子(天武の兄・天智天皇の皇子)をはじめとする12名に歴史書の編纂作業を命じます。この歴史書が完成したのは、720年。完成時の編纂責任者は天武天皇の皇子・舎人親王です。

日本書紀の内容についても見て行きましょう。『日本書紀』は『古事記』と違って序文などはありません。全30巻の構成で、1・2巻が「神代」つまり神話の巻となっています。その後、『古事記』と同じく神武天皇から始まり、代々の天皇ごとに起こった出来事をまとめていますが、取り扱う時代は古事記よりも長く、第41代持統天皇までです。

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気になる古事記と日本書紀の違いですが、古事記が「誰がどのようなことをしたのか」に重点を置いているのに比べ、『日本書紀』は「いつ、何があったのか」に比重が置かれています。
また、一つの事柄に対して「別の本にはこう書いてある」といった記述が入っていたり、中国大陸や朝鮮半島の歴史書から引用している部分があったりするのも、『古事記』とは大きく異なる点です。

風土記とは?今でも現存しているものは?


奈良時代の初め、当時の元明天皇が各国の役所に対して、以下の5つを調べて提出せよと指示を出しました。

・国内の地名
・それらの土地の産物
・それらの土地の状態、
・それらの地名の起源
・土地に伝わっている伝承


こうしてまとめられたのが「風土記」です。
土地の地理や伝承をまとめた記録ですね。

天皇の命令を受けて、各国から提出されたのですが、現在まで伝わっているのは5国分です。
現在、完全な形で読めるのは出雲国風土記のみ。播磨国、常陸国、豊後国、肥前国のものは一部が欠けている状態です。

他にも、書物の中に引用されている形で、一部のみ現在まで内容が伝わっている国のものがいくつかあります。例えば「丹後国風土記」も一部分だけが伝わっているのですが、浦島太郎の原型となる話が収録されていて、とても興味深い内容になっています。

万葉集とは?誰の和歌が載ってるの?


万葉集』はおもに和歌を集めた歌集です。5世紀初めの仁徳天皇の時代から、奈良時代の淳仁天皇の時代まで、約350年の間に詠まれた4500首以上の和歌(漢文が1つ、漢詩が4つ含まれています)が時代順、20巻に収められています。

『万葉集』が『古事記』などのように天皇の命令で作られたのか不明ですが、奈良時代の終わりに活躍した歌人・大伴家持(おおとものやかもち)によってまとめられたとする説が有力です。

ただし、家持が一気に20巻分をまとめたのではなく、いくつかの時期ごとに異なる人物が歌をまとめ、最終的に家持がまとめたのが有力な説となっています。例えば、1巻の最初の53首については持統天皇の発案により、まとめられたと考えられています。


万葉集に歌が載っている人物には、例えば以下の人物がいます。

・柿本人麻呂
・額田王
・天智天皇
・持統天皇
・山部赤人
・大伴家持
・橘諸兄


いずれも古代日本で重要な役割を果たした者ばかりですね。ですが、この歌集には天皇や皇族、宮廷歌人や貴族といった人ばかりでなく、下級歌人防人(九州沿岸の防御のために配置された兵)の歌も収録されている点も見逃せません。そして、様々な地方の人の歌が載っている事から、古代の日本の方言について考える上で大切な資料にもなっています。

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懐風藻とは?万葉集との違いって?


懐風藻』は漢詩を集めた詩集です。序文から751年にできあがったと考えられています。
天智天皇の時代から奈良時代の半ばまでの約80年間、64人の漢詩120首が時代順で1巻にまとめられています。この詩集に収録されている漢詩は、六朝・初唐時代の漢詩の影響を受けているといわれています。内容には稚拙なものもありますが、日本が中国大陸の文化をどのように吸収していったかを考えるうえで、重要な史料です。

掲載されている漢詩の作者は天皇や皇族、藤原氏などの臣下や僧侶などが中心です。
代表的な人物は以下の通りです。

・大友皇子
・大津皇子
・藤原不比等
・文武天皇
・長屋王


また、この詩集が作られた経緯は不明ですが、大友皇子のひ孫にあたる淡海三船(おうみのみふね)を撰者(詩を選んだ人)とする説があります。

この記事のまとめ


古事記、日本書紀、風土記、万葉集、懐風藻の違いについてご紹介しました。
もう一度、簡単にまとめると以下のようになります。

・古事記:日本最古の歴史書、誰がどのようなことをしたのかに比重が置かれている
・日本書紀:日本最古の正史、いつ何があったのかに比重が置かれている
・風土記:日本各地の土地の情報をまとめた記録
・万葉集:和歌を集めた歌集、様々な身分の人の歌が掲載されている
・懐風藻:漢詩を集めた歌集、掲載されているのは身分の高い人が中心


これら5つの資料は、日本の国のかたちが整いつつあった時代、国の内外に威信を示すために作られたと考えられます。まとめられた時代も重なる部分が多く、当時を生きた人が考えていた事を知る上で、非常に重要な資料となっています。

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